鷲峯山中腹にある狗尸那城跡(くしなじょうあと)の紹介

小鷲河地区公民館の横山です。

鷲峯山麓ハーフマラソンコース県道の途中より鷲峯山登山道へ繋がる林道を登ると、標高352mに狗尸那城跡があります。

戦国時代の山城跡を発掘調査した例は少ない中、学術的な観点から西因幡地域の歴史を解明する手掛かりを得るために鳥取県埋蔵文化財センターが試掘調査を令和2~3年行なわれました。

その結果・成果を聞くための現地説明会と令和4年度実施のシンポジュームに参加しました。

山頂部では戦国時代の山城では県内初の大型の礎石建造跡が確認され、その大きさ(4間×5間3面庇)から戦国大名や有力国人クラスが居城していた御殿的建築か?巧妙な土木工事の痕跡等から、軍事上重要な拠点であったと考えられるとの事でした。埋蔵文化財センター大川泰広さんは仮説として「”鹿野”城と呼ばれていた可能性がある。」との、歴史好きには大変興味深いお話でした。

発掘調査が終わり現在は埋め戻されており、礎石とか横堀・竪堀の堀底から土塁頂部までの高さは見ることが出来ませんが、急峻な堀切とか切岸部分はそのままを見ることが出来ます。因みに狗尸那城跡全体のジオラマを小鷲河地区公民館のロビーに展示しております。その他にも鳥取県埋蔵文化財センターが発掘調査成果をまとめた書籍もあります。是非ご来館ください。休館日(土日祝日)以外の8:30~17:00。

TV番組のお城好きで有名な落語家:春風亭昇太さんもおしのびで現地を見学に来られました。その他にも全国の山城ファンが見学に来られ、山城の魅力を語られ満足してお帰りです。

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